大学に電話をする
早速、翌朝に心許ない英語を使って入学許可書に記してある担当教授(Dr.Miller)に電話を入れ、 アポイントを取り早速、大学を訪問することになりました。
荷物をまとめて、バスで2時間、ついたのは人口13,000人の小さな町、エンポリアで、 広大な敷地に数々のキャンパスが点在する想像を絶する大きな大学でした。 日本の大学のイメージしかない私にとってこの規模の大学には大変な驚きでした。 アメリカの大学は日本のそれと違ってとても近代的な印象であり、図書館も独立した(分野別に)建物が3つもあり、 学生のカフェテリアも広くて清潔な感じで日本の当時のお粗末な設備とは格段の違いがありました。 その上、1965年頃の日本の食料事情は大変お粗末なもので、アメリカに来て、 贅沢で豊富な品々の食べ物が大学のカフェテリアにあったことを見て、相当な経済格差を実感しました。
この様な巨大で、豊かな国に対して日本はあの戦争を仕掛けたことを考えたとき、 我国政府はあまりにも外国の情報にうとく、乏しく、無知で、愚かなことをしたものだと言うことを痛感したものです。 外のことを知らない「井戸の中の蛙」と言う言葉がぴったりのようでした。