経済的に恵まれた学生生活
現地での英語力もある程度のレベルに達し、学業もそこそこになり、留学生であっても、 奨学金を申請する資格が授与され、キャンパス内で教授の助手をしたり、許可を得て決められた時間内で キャンパス外で働くことが可能となりました。
その権利は、graduate assistant (教授のお手伝い)をしながら毎月45ドル(当時の換算で16,000円余り)の 報酬をもらい、週末にはスーパーでの商品の在庫管理の仕事も得ることが出来ました。 従って、毎月合計130ドル程度の収入を得ていました。 これで授業料と生活費が充分まかなえるので、日本での教師時代の給料と比較するとなんと5倍くらいを得ていたことになります。 その頃はアメリカのコーヒが一杯10セント、コーラが15セント程度であり、 部屋代が月額7-10ドルであることを考えると贅沢であったと言う思いがあります。
留学生活は合計3年足らずでしたが、後半は色々な生活体験が出来、今までに遭遇した嫌な思い出や、
苦い経験等は良い想い出でとなり、あんなことがあったな、、こんなことがあったな、、、、と
回想しながらの余裕の生活を送ることが出来ました。
これも結果的には色々な人々のお力を借りてなしえることが出来たと感謝しています。